東海道の平塚宿から大磯宿までは近いです。
平塚宿の西の出口から大磯宿の東の入口まで2キロもありません。
そんな大磯宿の入口にあるのが化粧坂です。
「化粧坂」と書いて「けわいざか」と読みます。
もともと大磯は平安時代・鎌倉時代から宿場だったといわれている場所です。
この当時の宿場は旅人が宿泊する場所であることは江戸時代と同じなのですが、江戸幕府が定めた宿場との大きな違いは、荷物運びの中継拠点として設けられたわけではないことです。
その名のとおり宿があるのば平安時代・鎌倉時代の宿場ですが、この「宿」にはもれなく遊女がいます。
つまり平安・鎌倉期の宿場は、ほぼ遊郭だったのです。
大磯の場合も遊郭だったと考えられています。
場所は江戸時代の宿場よりももう少し東側、ちょうど化粧坂のあたりだったと推定されています。
遊女がいたから「化粧」坂なんですね。
化粧坂にあった大磯宿ですが、もともとは朝鮮半島からの渡来人が多く移住した場所だったようです。
彼らが祀った神が後に高麗権現として信仰されるようになり、その門前町が宿場として遊郭化したのが大磯宿だと考えられます。
高麗権現は明治の神仏分離を経て、現在の高来神社と慶覚寺になりました。
ということは、平安・鎌倉期の大磯宿は、現在化粧坂と呼ばれている国道1号から道が分かれるところだけではなく、国道も含めて花水川の方まで広がっていたことになります。
この大磯宿には虎御前の伝承があります。
虎御前は大磯宿の長者の娘といわれています。
この「長者の娘」が本当に裕福な家の息女という意味のほかに、「長者」には遊女屋の主人、「娘」にはその店のお抱えの遊女の意味があるので要注意です。
そのため「長者の娘」の虎御前も遊女であったといわれることが多いです。
この虎御前は曾我兄弟の兄の方、十郎祐成の恋人、または妻だったといわれている女性です。
虎御前は「吾妻鏡」にも記述があるのですが、同書は創作ものである「曽我物語」などから引用した部分もあるという説もあり、虎御前も実在の人物だったのか否か、いまいちわかりません。
虎御前が生まれたとき、両親の枕元に小石が転がっていたそうです。
その小石が虎御前とともに成長し、後に曽我十郎を守って、身代わりとなって工藤祐経が放った刺客に切られたという伝説があります。
大磯宿にある延台寺の法虎堂に納められている割れた石がその石です。
「虎御石」と呼ばれています。
化粧坂には、現在は枯れてしまった井戸があります。
この井戸にも虎御前に因んで「虎御前化粧の井戸」と呼ばれています。
大磯宿にたくさんいたはずの他の遊女たちではなく、虎御前なのです。
江戸時代には幕府の方針によって大磯宿は少し西に移動しました。
江戸時代の宿場の入口は化粧坂の終わり近くにあり、説明板が設置されています。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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