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御油・赤坂の飯盛女 遊女たちの光と影
大河ドラマ「べらぼう」の影響で、吉原の遊女たちの光と影が取り上げられることが増えましたが、光と影はなにも吉原だけにあったわけではありません。東海道五十三次の宿場で働いている飯盛女も同様です。それについて、飯盛女が多かったという御油宿と赤坂宿を取り上げました。
宿場の本来の機能とは? 田沼意次の「宿場が潰れるとどうなる?」の真意
2025年大河ドラマ「べらぼう」で田沼意次の言った「宿場が潰れるとどうなる?」とはどういう意味でしょう? これには宿場本来の機能がかかわっています。
投げ込み寺 「べらぼう」で蔦屋重三郎も嘆いた遊女たちの死の実態は?
大河ドラマ「べらぼう」に出てきた死んだ遊女たちの埋葬シーン。いきなりショッキングなシーンでした。はたして彼女たちの埋葬地「投げ込み寺」の実態とは?
東海道保土ケ谷宿 初めての難所を控えた宿場の江戸時代後期のデータと現在の姿
江戸時代後期に編纂された「東海同宿村大概帳」から保土ケ谷宿のデータをまとめました。江戸時代に書かれた絵や現在の写真と見比べてください。
石工頭の善右衛門 日本橋小田原町の地名由来
かつて日本橋に「本小田原町」という町がありました。また、築地にも「南小田原町」という町がありました。江戸にあった「小田原」の地名の由来を探ります。
徳常院の地蔵菩薩像 廃仏毀釈をいまに伝える大仏の物語
あまり知られていませんが。小田原には大仏があります。東海道五拾三次の小田原宿に大仏があるのです。廃仏毀釈によって小田原宿へとやってきた大仏のお話です。
豆相人車鉄道 小田原から熱海を結んでいた驚愕の鉄道
東海道五十三次の小田原宿を歩いていると「小田原駅跡」と書かれた碑があります。まだ東海道鉄道が御殿場まわりだったころに、小田原から熱海に敷かれた鉄道の駅の跡です。この鉄道というのが今では考えられないもので・・・
小田原城本丸の石垣 関東大震災の傷痕が残っている理由
小田原城は関東大震災で甚大な被害を受けました。その痕跡は今も残っています。現在は観光名所にもなっている復元天守閣の南側、そこに大震災で崩れたままで残る石垣を紹介します。
小田原城総構え 城塞都市を形成した土塁の遺構
小田原は町のほとんどを広大な土塁と堀に囲まれた、日本では珍しい城塞都市でした。総構えと呼ばれるこの土塁の一部が、東海道のすぐ近くに残っているのです。









