東海道ブログ
粟ヶ岳 小夜中山峠から見える「茶」と書かれた山新着!!
2026年3月5日
東海道の金谷宿から日坂宿の間にある小夜中山峠から、「茶」と書かれた山が見えます。小夜中山峠の北にある粟ヶ岳なのですが、ここには地獄に落ちる伝説があるのです。
本宿の代官屋敷 柴田勝家の子孫はどうなった?
2026年2月23日
織田信長の重臣だった柴田勝家は、豊臣秀吉と戦って滅ぼされました。しかしその子孫は徳川家の旗本として存続しています。東海道沿いには柴田家が設けた代官所の建物が残っています。
萬松院の五輪塔 松平信康? 大沢正秀? の墓
2026年2月1日
東海道にある風祭の一里塚の跡の近くに萬松院というお寺があります。その境内には五輪塔は徳川家康の長男信康のものとも、鵜沼城主だった大沢正秀のものとも伝わる五輪塔があります。
桶狭間合戦での織田信長本陣 善照寺砦とは?
2026年1月26日
桶狭間合戦の契機となった鳴海城の包囲戦。鳴海城を包囲するために織田信長が築いた砦の1つに善照寺砦があります。街道を封鎖するわけでもない善照寺砦、どのような目的で築かれたのでしょう?
ふたつの桶狭間 2か所にある古戦場跡地
2026年1月25日
織田信長が少数の兵をもって大軍を率いて攻めてきた今川義元を破った桶狭間合戦。その古戦場については江戸時代から伝わる場所と昭和になってから称えられるようになった場所の2か所があります。その経緯とは?
岡部元信 桶狭間合戦のとき鳴海城を守っていた武将
2026年1月25日
1560年に桶狭間合戦が起こったとき、今川方の最前線基地だった鳴海城を守っていたのは岡部元信という武将でした。この岡部元信、東海道とはゆかりの人物なのです。
鳴海城 桶狭間合戦のきっかけとなった城はどこ?
2026年1月24日
織田信長の飛躍のきっかけとなった桶狭間合戦。この合戦は今川義元による鳴海城救援のための進軍によって起こりました。その鳴海城はどのような位置にあるのでしょう?









