2024.8.16

川崎宿

江戸時代の東海道宿場制は慶長6年(1601)に成立したのですが、そのときは川崎宿はまだありませんでした。
川崎宿は東海道のほとんどの宿場よりも20年ほど遅く成立したのです。

物流博物館に展示してある桑名宿の伝馬朱印

宿場というのは本来は宿泊が目的ではなく、幕府が朝廷に使者を送るときにその荷物運びの人馬を用意することを命じた場所です。
その命令書である「伝馬定書」と幕府公用の使者であることを証明する印影「伝馬朱印」を各町の有力者に交付したのが、東海道宿場制の始まりなのです。
このハンコが押された書面をもっている者の荷物は無料で運べ、ということですね。

川崎宿の成立時期についてはかつて議論があったのですが、寛永9年(1632)に川崎宿から幕府代官に差し出された嘆願書の記述から、元和9年(1623)というのが現在の通説です。

当初の川崎宿には幕府の公用旅行者を泊める本陣を務める家すらなく、代わりに川崎最大の寺院だった妙遠寺が彼らの宿泊場所となっていました。

現在の妙遠寺

妙遠寺は昭和27年(1952)に区画整理のために市立病院の近くに移転しましたが、それまでは後述の佐藤本陣の向かいくらいにありました。

川崎宿に最初に本陣ができたのは、寛永12年(1635)のこととされています。
それ以前から本陣業務を担っていた田中兵庫家がこの年に正式に本陣となったのです。
田中本陣はもっとも江戸寄りにあったので、下の本陣とも呼ばれていました。

詳細な時期は不明ながらつづいて佐藤惣左衛門家(上の本陣)、惣兵衛家(中の本陣)が本陣となり、川崎宿は本陣3軒体制となりました。
ただし中の本陣は江戸時代半ばくらいには廃業しています。

日本橋を出発して川崎宿には行った場合、最初に出会う本陣は田中本陣です。

田中本陣跡

田中本陣では、江戸時代半ば、8代将軍の徳川吉宗の時代の当主である田中休愚(丘隅)が有名です。

もともと農民の出身でしたが、行商先の田中家の親戚の紹介で田中兵庫家の婿養子となり、川崎宿の財政立て直しを行い、「民間省要」という書を著して将軍吉宗の目にとまり、旗本に引き立てられて最後は代官にまで出世しました。

田中本陣跡の説明板にある田中休愚像

そのため本陣の田中家とは別に、旗本としての田中家も幕末まで存続しています。

ただ、江戸時代後期には田中本陣はかなり廃れていたらしく、安政4年(1857)に下田から江戸へ行く途中のアメリカ総領事ハリスが田中本陣に宿泊しようとしたところ、あまりの汚さにここを逃げ出し、代わりに万年に宿泊したという記述がハリスの「日本滞在記」に残されています。

田中本陣は翌年には自家から出火する火災に見舞われるという凶事もあり、ますます衰退したようです。

中の本陣のあった場所は、砂子1丁目の交差点の角で、セブンイレブンの向かいでした。以前は神戸ランプ亭があり、その前に「中の本陣跡」という表示が出ていたのですが、ビルが建て替えられて表示が消えてしまいました。
現在は横浜家系のラーメン店になっている場所です。

中の本陣跡(2010年ころ撮影)

ちなみにお向かいのセブンイレブンは問屋場の跡地です。
問屋場というのは、伝馬朱印の押された書面をもった人が来たら荷物を運ぶ人と馬が常備されている場所です。
伝馬朱印の荷物運びをしていないときは、それ以外の荷物を有料で運んでいました。

川崎宿問屋場跡

上の本陣だった佐藤惣右衛門家の跡は、現在はクリニックになっています。
道沿いのガラスに説明が貼り付けてあります。

上の本陣(佐藤本陣)跡
佐藤本陣の説明

その向かいの川崎信用金庫の前に碑があります。
佐藤家出身の詩人・作詞家の佐藤惣之助の碑です。

佐藤惣之助の碑

→この碑についての記事はこちら

惣之助が生まれたのは明治23年(1890)、当時の佐藤家は雑貨商を営んでいたそうです。
昭和17年(1942)に51歳の若さで死んだ惣之助ですが、多くの詩と歌謡曲を残しました。
佐藤本陣跡の向かいの碑を含めて、川崎には3か所に佐藤惣之助の碑が建てられています。

稲毛神社境内にある佐藤惣之助の碑
川崎市スポーツ・文化総合センターの敷地にある佐藤惣之助の碑

なお、この川崎信用金庫の敷地の一部が、昭和27年まで妙遠寺があった場所です。

 

(歩き旅応援舎代表 岡本永義)

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