ブログ
宮代屋事件 明治10年代の大磯で起きた大事件
2024年12月2日
明治前期の日本を襲った大不況の中で、大磯宿では凄惨な事件が起こっています。東海道沿いに説明板などは設置されていませんが、事件を伝える碑があります。
吾妻神社 なぜ二宮町にヤマトタケルの伝説があるのか?
2024年11月29日
二宮町に入った東海道を歩いていると、吾妻神社の鳥居があります。ここが参道入口で、吾妻山を登ったところに神社があります。ヤマトタケルの妻を祀ったこの神社、その由緒とは?
国府本郷の一里塚跡 大磯の西にもあった一里塚の跡
2024年11月26日
東海道には一里塚が設置されていました。大磯宿の西にもありました。一里塚の説明板が設置してあります。でも本当に一里塚があったのはここではなくて・・・
大磯切通し 戦国武将はなぜ大磯に陣を布くのか?
2024年11月25日
東海道大磯宿から西へと歩いて行くと、道が切通しを通ります。江戸時代前期にはすでにあった切通し。この切通しのおかげで大磯は戦国時代の重要地になりました。
鴫立庵 西行ゆかりの大磯宿最大の観光名所
2024年11月24日
江戸時代初期に成り立った鴫立庵は、江戸時代の東海道大磯宿で最大の観光スポットでした。現在も年間1万人もの人が訪れる鴫立庵を簡単に紹介します。
海水浴発祥の地 混浴禁止?! 医療行為?! 大磯の初めて物語
2024年11月20日
日本最初の海水浴場が開かれたのが、かつて東海道の宿場として賑わっていた大磯でした。でも、当初の海水浴はいまとはだいぶ様子が違っていたようです。
東海道五十七次(3) 江戸幕府が京街道を管理下においたのはなぜ?
2024年11月18日
もともとは江戸と京都とを結んでいた東海道が、後には豊臣秀吉が整備した京街道と接続され、東海道が五十七次となりました。この大阪までの道を、江戸幕府が管理しようとした理由は何だったんでしょう?









