東海道最初の宿場だった品川。
今では想像もつきませんが、品川は海沿いの町でした。
歌川広重が描いた浮世絵「東海道五拾三次之内 品川日之出」に描かれた品川宿を見ても、宿場のすぐそばにまで海が迫った様子が描かれています。
そのため波の浸食から土地を守るため、品川宿では海岸線や目黒川の河口部の水際に石垣が組まれていました。
ちょうど高輪にあった石垣と同じようなものです。
→高輪海岸の石垣
ただし現在の品川宿では海を見ることはできません。
明治時代の半ばより始まった海の埋め立てによって、海岸線は1.5キロ以上も離れてしまいました。
品川宿はすっかり内陸の町になってしまったのです。
さて、海があった頃に築かれていた海岸線の石垣ですが、品川宿は目黒川を挟んで北品川と南品川に分かれています。
海岸線にあった石垣は、数年前までは南北両方の品川の町中に、あちらこちらに残っていたのです。
ところが近年急速に進んだマンション建設によって、北品川ではすべての石垣が壊されてしまいました。
これらの石垣は今はすべて失われています。そして壊された石垣の一部は、植え込みの縁石に使われたり
品川区立の博物館である品川歴史館に移設されて展示されています。
一方で南品川ですが、こちらでは今も一部の石垣が残っています。
家屋の土台や塀の一部になるなどして、用途は変わっても現在も石垣として使われています。
南品川に残る一番大きな石垣はこれです。
今では想像もつきませんが、この写真を撮るために私がカメラを構えていた道路も、かつては海だったのです。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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