まもなく2023年も終わります。
歩き旅応援舎の今年最後の活動は、1月3日の七福神めぐりでした。
ちょうど箱根駅伝の復路とかさなり、駅伝見物の人たちでゆっくりお参りできるかと思ったら、駅伝選手が通り過ぎた後、見物の人たちが大挙してお参りに移行しまして、神社内が強烈な混雑ぶりになるという衝撃的な今年のイベント開始となりました。


そして今年最初の「日帰りであるく東海道」は国府津からはじまりました。

第5シリーズは5月に、第6シリーズは11月に箱根を越えました。


そして第5シリーズは6月に、第6シリーズは12月にそれぞれ原宿に到達して、日帰り部分は終了しました。

来年1月からは、第5シリーズ、第6シリーズが合同で、毎回一泊二日で京都へと向けて歩き始めます。
古地図散歩の方ですが、2月から「東京崖百景」シリーズが始まりました。


江戸時代の古地図を見ながら、牛込、小日向、本郷、四ツ谷と東京の町に隠れた崖を探して歩きました。
よ~く見ると、江戸切絵図にも崖の影響がちゃんと書かれているんですよね。

「東京崖百景」全4回が終わった後は、今度は江戸切絵図、明治末期の地図、昭和初期の地図を見くらべながら、銀座線が通る町を歩く「陽の下の銀座線」の古地図散歩。



ホームが狭かったり急カーブを描く理由、銀座線の前身である2本の地下鉄路線の創設者である早川徳次と五島慶太をめぐるドラマなど、いつも何気なく乗っている銀座線にこんな物語があったのかと驚きの連続でした。
やっぱり銀座線はおもしろい!
最後に大河ドラマ「どうする家康」で知名度があがった徳川四天王、その家系の屋敷跡をめぐる「徳川四天王の家」。
江戸切絵図に描かれた榊原家、酒井家、本多家、井伊家の屋敷がある町をそれぞれめぐるものですが、今年は榊原家→酒井家→本多家と各屋敷跡をめぐったところで終わりました。


来年は本多家から井伊家の屋敷跡へ向かい、そのあと井伊家から榊原家の屋敷跡へ歩いて江戸城の周囲をぐるりと一周する予定です。
どうぞお楽しみに!
そして今年の最大のトピックスは、「京都まであるく東海道」の第4シリーズが京都三条大橋に到達したことです。

2020年7月に日本橋を出発した人たちに、2018年に日本橋を出発したものの感染症の影響で途中で中止になった人たちが加わり、12月17日に日本橋に到達いたしました。
東海道を歩いて三条大橋に到達する、なんど着いても感動してしまいます。

ちなみに、お客様と私(中央)が着ているのは、この日のために製作した記念撮影用のTシャツです。
今年の10月には新たな東海道の旅が日本橋から始まりました。はたしてこの後どのような旅が待っているのでしょうか?
来年以降に期待しましょう。

あと1時間ちょっとで新たな年がやってきます。
歩き旅応援舎の来年が、今年よりもさらに良い年となることを願っております。
(歩き旅応援舎代表 岡本永義)
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