東海道五十三次とは?
東海道は日本最古にして最大の幹線道路です。
「古事記」や「日本書紀」の記述から、飛鳥時代にはすでに前身となるものがあったことがうかがえます。
慶長6年(1601)、徳川家康は江戸と京都の朝廷との間で公的な使者の往復のため、東海道を整備しました。
これが東海道五十三次です。
今から400年以上前にできた東海道五十三次ですが、令和のいまも東京から京都まで、歩いて行くことができる道です。
品川宿
品川宿は東海道最初の宿場です。
慶長6年(1601)に伝馬(継ぎ立て)を命じられて宿場となりました。
当初は北品川と南品川の2つの町から成り立っていましたが、後に北品川の北に歩行新宿が加えられ、3つの町で宿場となりました。
江戸時代の品川宿は海沿いの町でした。
戦国時代にはすでに江戸の有力な港として昨日して、大きな人口を抱え、たくさんのお寺や家屋が建ち並ぶ町でした。
しかし江戸から近かったこともあり、東海道の旅での宿泊は少なく、それに替わって宿場にいる遊女(飯盛女)目当ての遊客が集まるようになり、品川宿は次第に遊郭化しました。
明治になると品川は日本の近代化に大きな役割を果たしました。
日本最初の鉄道が通り、多くの工場が建てられました。
その名残は品川宿の町にも見ることができます。
街中をよく見ると、多くのレンガ建築の遺構が残っているんです。
品川橋のかかる目黒川を境に北品川から南品川に入ると、そこには天妙国寺や品川寺など古いお寺が並んでいます。
中には浮世絵「東海道五拾三次」を描いた歌川広重を祀るお寺も。
品川寺門前にある巨大な地蔵菩薩像、江戸六地蔵を見たら、道は立会川へと続きます。
詳しくはこちらで。品川宿に関するブログ記事
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品川宿から立会川へ
今も東海道沿いには絶え間なく人家やビルがつづいていますが、すでに江戸時代には品川宿から鮫洲・立会川にかけて人家がつづいていました。
鮫洲は大きな鮫が打ち上げられ、その腹中から観音像が出てきたことが地名の由来とされています。
出てきた観音像を祀るために建てられたのが海晏寺、江戸時代には紅葉の名所として知られたお寺です。
また、幕末の越前松平家当主だった松平春嶽や、幕末から明治にかけての政治家岩倉具視のお墓も海晏寺にあります。
江戸時代には大名の下屋敷も多数ありました。
土佐藩山内家の下屋敷は立会川にあり、幕末には山内容堂が下屋敷前の浜辺を埋め立てて砲台を築いています。
地元ではこの砲台に坂本龍馬も詰めていたとして、立会川駅の近くには銅像も建てられています。
地名の由来ともなった川、立会川は別名を浜川といいます。
ここにかかる浜川橋には、これも別名があり、それは涙橋。
この先にある鈴ヶ森刑場に引かれていく罪人の家族が、この橋までは見送ることが黙認されていたことから、このように呼ばれることとなったそうです。
立会川までに関するブログ記事
立会川から鈴ヶ森へ
立会川を渡ると地名は南大井になります。
しかし、この付近は江戸時代には鈴ヶ森と呼ばれていました。
その由来はなんと大田区の鈴ヶ森八幡神社にありました。
鈴ヶ森付近は、東海道沿いまで海が迫っていました。
江戸時代の浮世絵でも、明治時代の写真でも、その様子が見て取れます。
現在は埋め立てが進み、海岸線は遠ざかりました。
かつての海岸線は運河の岸として名残をとどめています。
この鈴ヶ森には見落としていけないものが2つあります。
1つは浜川神社。
珍しい疫病神を祭神とする神社です。
もう1つは鈴ヶ森刑場跡。
今も処刑に使われていた台石や、多くの死者の供養塔が立ち並んでいます。
その中でもひときわ大きな題目塔に注目してください。
京都三条の商人谷口氏が建てたものです。
谷口法悦をはじめとした谷口氏は熱心な日蓮宗徒の一族でした。
これから先の東海道でも、彼らが建てたたくさんの題目塔に出会います。
ここからの東海道は国道15号、第一京浜という大幹線道路となります。
鈴ヶ森までのブログ記事
- 鈴ヶ森刑場跡 東海道に点々とつづく題目供養塔
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- しながわ水族館 館内に入らなくとも東海道歩きの休憩にぜひ立ち寄りたいスポット
鈴ヶ森から大森へ
平和島駅が品川区と大田区の境になります。
やがて右手に鈴ヶ森八幡神社。
一説にはこの神社が所蔵する鈴の音のように鳴る石が地名の由来なのだそうです。
やがて第一京浜から左に分かれる道があります。
ここからはこの道が東海道、そしてここが立場だった大森です。
かつては北原、中原、南原と呼ばれていた地で、そこから三原、転じて美原通りとなっています。
江戸時代には麦わら細工、石部宿近くの梅の木立場で作られていた道中薬の和中散、そして現在でも売られている海苔や、海苔を使った和菓子やあべ川餅など、お土産に買うだけでなく食べ歩きも楽しめる町です。
そして東海道最初の一里塚も大森にあったのですが、残念ながら今は跡形も残っていません。
大森までのブログ記事
大森から蒲田へ
大田区は大森と蒲田から一文字ずつをとって命名されました。
そんな蒲田も古くから人が住んでいた地です。
江戸時代に蒲田村の南で新田開発が行われました。
この蒲田新田も当初は蒲田村の一部だったのですが、新田の人たちが東海道に出て茶屋商売を始めるようになり、やがて蒲田村から独立して新宿村となりました。
そしてもともとあった蒲田村は北蒲田村となり、北蒲田村には梅屋敷という名物茶屋ができました。
現在は梅屋敷公園となっていますが、この周囲の神社やお寺は戦国時代やそれ以前からあるものばかりです。
新宿村は東海道の立場となりました。
そのころの茶屋が現在は和菓子店として存続しています。
新宿村の立場のあったあたりには、現在京急蒲田駅があります。
映画の撮影所や蒲田菖蒲園という遊園地ができたため、新宿村には駅ができて大いに賑わい、そしてJRと京急の両蒲田駅を結ぶ商業地として発展したのです。
蒲田までのブログ記事
蒲田から川崎宿へ
蒲田を出たら多摩川へと向かいます。
地名は六郷となりますが、六郷というのは6つの村を意味します。
多摩川の流れが作った低地帯に6つの村があったことが地名の由来です。
その村の1つだったのが雑色(ぞうしき)。
雑色村の鎮守だった熊野神社には、戦争中の名残が残っています。
いまは「雑色」の地名はなくなり、京急線の駅の名前に残るだけとなりました。
この駅前から伸びる水門通りは、徳川家康の代官小泉次大夫が多摩川北岸に開いた六郷用水の名残です。
六郷神社はいまは八幡神を祀っていますが、多摩川を向いて建っていることからも、もともとは川の神を祀る神社だと考えられます。
源頼朝が奉納したと伝わる手水鉢や、大田区最古の狛犬などを見に境内に立ち寄るのがお勧めです。
また、大森につづく一里塚がこの神社の前にありました。
六郷神社の前からは、前方に橋が見えてきます。
これが多摩川に架かる六郷橋。
明治時代に橋が架けられるまでは、多摩川は船渡しでした。
船を待つ人たちを相手にしていた茶屋が、現在は和菓子店として存続しています。
六郷橋を渡ると、橋の途中から川崎市に入ります。
橋を渡り終えると、そこが東海道2番目の宿場、川崎宿の入口です。
川崎宿までのブログ記事
東海道歩き旅イベント 参加者募集中
とにかく内容が濃く詳しい、それなのに参加費がリーズナブル。
それが歩き旅応援舎の東海道歩き旅イベントです。
「日帰りで歩く東海道」 日本橋~原宿を日帰りで歩きます。全15回
「京都まで歩く東海道」 原宿~三条大橋を一泊二日で歩きます。全18回
それぞれ月に1回ずつ歩いて、東京の日本橋から京都の三条大橋をめざすイベントです。
以下のイベントが参加者募集中です。途中からでもご参加いただけます。
このブログには書いていないことが、実際の東海道にはいっぱいあります。
もっとくわしくお話をしながらガイドがご案内いたします。
一緒に東海道を歩きませんか?
人生の宝となるような経験、そのためのお手伝いをいたします。
- 京都まであるく東海道 第7期 岡部宿~磐田東海道歩き旅第7シリーズ
開催日時
2026年
1月24~25日 岡部宿~島田宿
2月28~3月1日 島田宿~掛川宿
3月28~29日 掛川宿~磐田
参加費 各回5000円
月に1回、一泊二日で歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道Light 第2期 品川宿~生麦東海道歩き旅第12シリーズ
開催日時
2026年
2月4日 品川宿~大森
3月4日 大森~川崎宿
4月1日 川崎宿~生麦
参加費 各回3000円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅。4月までは比較的短い距離をライトに歩きます。 - 日帰りであるく東海道 第2期 生麦~藤沢宿東海道歩き旅第11シリーズ
開催日時
2026年
1月10日 生麦~保土ケ谷宿【受付終了】
2月7日 保土ケ谷宿~戸塚宿
3月7日 戸塚宿~藤沢宿
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第1期 日本橋~生麦東海道歩き旅第13シリーズ
開催日時
2026年
1月12日 日本橋~品川宿【受付終了】
2月8日 品川宿~蒲田
3月8日 蒲田~生麦
参加費 各回3500円
月に1回、日帰りで東海道五十三次を歩くイベント。日本橋を新規スタート。 - 日帰りであるく東海道 第3期 藤沢宿~国府津東海道歩き旅第10シリーズ
開催日時
2026年
1月11日 藤沢宿~茅ヶ崎【受付終了】
2月15日 茅ヶ崎~大磯宿
3月15日 大磯宿~国府津
参加費 各回3500円
月に1回、日帰りで歩く東海道五十三次の旅 - 日帰りであるく東海道 第4期 国府津~元箱根東海道歩き旅第9シリーズ
開催日時
2026年
1月17日 国府津~小田原宿【受付終了】
2月21日 小田原宿~箱根湯本
3月21日 箱根湯本~元箱根
参加費 各回3500円
月に1回日帰りで歩く東海道五十三次の旅































